罠に掛かった狸の話

昔は小学校からの宿題で毎日、日記を書かなければいけなかった。私はそこに罠に掛かった狸の話を書いたことがある。お父さんはその内容を絶賛していたのだが、今思えば狸のことが可哀想だと思った感情を隠すため、極力情景描写に変えていたに過ぎない。

確か「狸は雨の中、わなにかかって震えています。私はコタツの中でヌクヌクと温まっています。」などと書いたのだ。罪の意識が伝わってくるいい文章だと思う。でも書いた本人はそんなことより農業を営む家族に怒られないか考えて、捻り出した文章に過ぎなかった。

 

実は私は狸を可哀想だと思っていたばかりではない。家に帰って狸が罠に掛かっていると知り、傘をさして田んぼのあぜ道を歩いて狸を見に行った。ただの好奇心だったが、痩せた狸が雨で濡れ、罠に挟まれた前足から血を流してブルブルと震えているのを見た時、子供心に衝撃が走った。助けたいと思った。

牙を剥いて警戒する狸に近づき過ぎないよう傘を置き狸を雨に濡れないようにした。それから家からこっそりウインナーを持ってきて千切って食べれる範囲に投げた。そして水が飲めないんじゃないかと思って虫取りカゴに水を入れてそーっと置いたときである。

ちょっと近づけたと思っていた狸に指を噛まれてしまった。私はびっくりしたのと悲しいので「なんだこいつ!」と思ってプンプンしながら家に帰った。

それでも心配になって見に行ったらウインナーを食べ、水も飲んでいた。ちょっとだけ安心してバレたら怒られるかな…と思い傘だけ回収してその日は寝たのだった。

 

次の日、狸を見に行くと狸は罠から脱走していた。おばあちゃんが逃げられたんよ〜と話しているのを良かった…と内心ホッとしたものだ。

私は水飲み用の虫かごを回収に行った。カゴは端が齧られて壊れており使えなくなっていた。かなり硬いカゴがバキバキになるくらい噛んでいた。助けてやった狸の仕打ちに胸にズキリと痛むものを感じながら、私はしばらくその籠を捨てられなかった。

 

今は罠にかかった狸を見ても、このまま餓死するんだろうなとしか思わなくなった私の昔の話である。